勝武士のwikiプロフ!感染死の詳細と高田川部屋の感染状況を調査!

大相撲

こんにちは、五郎です。

 

今日、悲しいニュースが報道されました。

 

高田川部屋の力士「勝武士」さんが、新型コロナ感染症で

お亡くなりになりました。

 

28歳でした。

【高田川部屋ブログより】

 

高田川部屋というと、ガチンコ相撲や、厳しい”けいこ”で有名だった

初代若乃花の二子山部屋の精神を継いだ、初代若乃花の弟の

初代貴ノ花さんの弟子だった元安芸乃島の高田川親方の

部屋ですので、きっと毎日厳しい”けいこ”に耐えて、

精進されていたんだと思います。

 

そこで、こちらでは、

  • 勝武士のwikiプロフ
  • 勝武士のコロナ感染死の詳細
  • 高田川部屋の感染状況

について調査していきます。

 

また、この記事の後半では、

勝武士さんが大相撲の「初っ切り」という

相撲のルールを土俵で面白おかしく表現する

動画を 掲載していますので、

ぜひ合わせてチェックしてみてください。

勝武士のwikiプロフ

最高位 三段目11枚目
本名 大森 清孝
生年月日 1991年11月4日
出身地 山梨県甲斐市 → 山梨県甲府市
身長・体重 166センチ 111.2キロ
改名歴 勝武士 太郎 → 勝武士 清孝 → 彈丸 一風 → 勝武士 幹士
初土俵 2008年年3月
生涯戦歴 260勝279敗/538出(79場所)
三段目戦歴 147勝189敗/335出(49場所)
序二段戦歴 99勝83敗/182出(26場所)
序ノ口戦歴 14勝7敗/21出(3場所)
前相撲戦歴 1場所

山梨県出身力士は、同じ部屋の関取の竜電さんがいますね。

同じ山梨県出身で、随分と可愛がられていたようです。

 

勝武士のコロナ感染死の詳細

日本相撲協会より、新型コロナウイルス感染のため

入院していた高田川部屋の三段目の勝武士(しょうぶし)さんが、

5月13日に「コロナウイルス性肺炎による多臓器不全」のため

死去したことを発表しました。

 

勝武士さんの死去の発表時に、経緯について合わせて

以下のように発表されました。

 

▽4月4、5日 38度台の発熱。師匠らが保健所に電話をかけ続けたが、つながらず。

▽4月4、4日 近隣の複数の病院に依頼したが、受け付けてもらえず。

▽4月7日 近隣の医院にも相談したが、医療機関は見つからず。

▽4月8日 熱が下がらず血痰(けったん)が見られたため救急車を呼んだが、なかなか受け入れ先が決まらず、夜になって都内の大学病院に入院。簡易検査の結果は陰性。

▽4月9日 状態が悪化し、別の大学病院へ転院。

▽4月10日 PCR検査で陽性と判定。

▽4月19日 状態が悪化し、集中治療室で治療を受ける。

▽5月13日 死去。

4月の上旬は、感染者が多い時期だったので、

保健所の回線が混んでいて、つながらなかったんですね。

 

入院先の病院もなかなか決まらず、決まった後も転院するなど、

勝武士さんにとって、不運であったと思います。

 

 

高田川部屋の感染状況

高田川部屋では、親方の高田川親方と十両の白鷹山さんと

勝武士さんを入れた幕下以下の力士5名が感染したようです。

 

▼23日 高田川親方がPCR検査を受け、都内の病院に入院。

▼24日 高田川親方のPCR検査の結果が「陽性」と判明。弟子の十両白鷹山もPCR検査を受けて「陽性」が確認される。

▼25日 白鷹山が入院。他に幕下以下の力士4人がPCR検査で「陽性」と判明。協会の八角理事長(元横綱北勝海)が、接触を伴わない稽古の継続を通達。

▼27日 協会が夏場所の新番付を発表。

▼30日 協会が高田川親方、白鷹山ら6人の退院を公表。

 

高田川親方と十両の白鷹山を含めた6人の退院の際の記事には、

勝武士さんと思われる力士の状況が書かれていました。

 

10日に協会員として初めて感染した幕下以下の力士については「回復傾向にあるが、引き続き治療している」と説明した。

 

4月30日の段階では、回復傾向になったようですね。

 

 

 

 

記事の最後になりますが、

勝武士さんが大相撲の「初っ切り」という

相撲のルールを土俵で面白おかしく表現する動画です。

 

動画のサムネイルにも”名人芸の域”と書かれているとおり、

楽しくて面白おかしく、相撲のルールを紹介しています。

 

ぜひご覧いただき、勝武士さんのご冥福をお祈りしていただきたいと思います。

初っ切り(しょっきり)もはや名人芸の域!勝武士&高三郷

まとめ

ここまで、

  • 勝武士のwikiプロフ
  • 勝武士のコロナ感染死の詳細
  • 高田川部屋の感染状況

について調査してきましたが、いかがだったでしょうか。

 

20代の若さで亡くなるなんて、無念だったと思います。

 

初っ切りをみていると、勝武士さんはとても明るくて、

人懐っこい感じがします。

 

もっともっと精進して、関取になってほしかったですね。

 

最後に、八角理事長の言葉で締めくくりたいと思います。

「この度は悲報に接し、協会員一同、心より哀悼の意を表します。ご遺族の皆様方のご傷心を察しますと、お慰めの言葉も見つかりません。1カ月以上の闘病生活、ただただ苦しかったと思いますが、力士らしく、粘り強く耐え、最後まで病気と闘ってくれました。今はただ、安らかに眠って欲しいと思います。懸命の措置をしてくださいました医療機関の皆様には、故人に代わり、深く感謝申し上げます」

 

 

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